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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)542号 判決

控訴人(被告) 内海清

被控訴人(原告) 岡本義雄 外二名

主文

原判決主文第一項を取り消す。

被控訴人等の請求を棄却する。

訴訟費用中第一審において控訴人と被控訴人等の間に生じた部分は全部被控訴人等の負担、第二審において生じた部分は全部被控訴人等の負担とする。

事実

控訴人は「原判決主文第一項並びに同第三項中の控訴人に訴訟費用の負担を命じた部分を取り消す。被控訴人等の控訴人に対する請求を棄却する。訴訟費用は控訴人と被控訴人等との間においては第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張証拠の提出援用認否は、

控訴人において、

地方自治法(以下単に法と表示する)第二四三条の二は、普通地方公共団体の住民は当該団体の長等について「公金の違法若しくは不当な支出や浪費」等があると認めるときは監査委員に対し、監査を行い当該行為の制限又は禁止に関する措置を講ずべきことを請求することができ(第一項)、その請求があつた場合に監査委員は監査を行い請求に係る事実があると認めるときは当該の団体の長に対し右行為の制限又は禁止を請求しなければならず(第二項)、その請求があつたときは団体の長は直ちに必要な措置を講じなければならない(第三項)。そして右監査委員若しくは長の措置に不服があるとき、又はこれらの者が何等の措置を講じないときは第一項の請求人は裁判所に対し当該職員の「違法又は権限を超える当該行為の制限若しくは禁止又は取消若しくは無効」に関する裁判を求めることができる(第四項)ものと規定している。右の規定において裁判所に対し制限禁止等に関する裁判を求めることができる長等の「違法な支出」に関してはその具体的内容につき特別にこれを限定した文言は何等存しないけれども、右の訴が裁判所に出訴するためにはまず監査委員に対し監査の施行とその結果に基く措置をなすべきことを請求すべく監査の結果を経た後に始めて出訴し得べきものと定められているところから考えれば、右にいう「違法な支出」は監査委員において監査の実施と監査の結果に従い当該団体の長に相当の措置を求め得べき権限を有する事項に該当するものでなければならないと解すべきである。ところで普通地方公共団体における議会の地位はもとより国における国会の地位と同一視し得ないものがあるけれども、なお当該地方団体においては最高機関たる地位を占め、その団体の長以下の執行機関に対しその所掌する事務執行につき批判監督介入をなし得べき一般的な権限を有することは法第九六乃至第一〇〇条の規定によつても明かであり、第九八条には当該団体の事務の管理、議決の執行及び出納を検査する権限を有する旨規定しているのである。次に監査委員の権限については第一九九条にその団体の経営に係る事業の管理、団体の出納その他の事務の執行を監査するものと定められている。そこで右の監査委員の権限を議会の有する上記権限と対比考察するときは監査委員の権限は議会に対し独立した固有のものというべきものではなくして一般的には同一種類の権限を専門的技術的且集中的に担当行使するものと認められるのである。

したがつて監査委員が監査の直接の対象となし得べき事項は長以下の執行機関の具体的執行行為の適否当否に限られるのであつて、議会の議決はこれに含まれないことは明かというべく、また長以下の執行機関の行為を監査するについても当該具体的場合の執行行為が議会の議決に基くものであることが明白であるとか議会により承認されたものである場合においては、その行為を監査して違法若しくは不当と評価し非難することは結局は議会の議決を監査し違法不当となすのと同一の結果となるから、監査委員の権限はこのような場合の執行機関の行為には及ばないものというべきである。蓋し監査委員に関する法の諸規定を通じて、監査委員が議会の議決を批判し、監査委員の判断を議決に示された議会の判断に優越せしむべきものとする趣旨は何等認めることを得ないのであり、住民の請求の故にこれを基礎として具体的場合において監査委員の権限が拡大強化されると解することもできないからである。もとより議会の議決は住民によつて批判せらるべきものではあるがその批判は議員の選挙、又議会若しくは議員に対する直接請求等自ら一定の方式によつて行わるべきものであつて監査委員による監査をもつて制度上住民による右の批判の方式手段たらしめたものとは解せられない。監査委員は執行機関に対する監督機関であつて議会に対する牽制の機能を営むべき機関ではない。監査委員は議会の議決した予算につき違法の有無その当否を批判する権限を有せず、その批判を前提としてのみ可能な執行機関の執行行為を非難する権限も有するものでない。法第二四三条の二は当該公共団体の住民に対し監査委員の本来有すべき範囲における権限の行使として長以下の執行機関に対する公金の違法不当な支出等の制限禁止の措置をなすべきことを求め得べき権利を与えたものであつて、監査委員に対しその本来の権限を越え議会の議決の違法の是正―をなすべきことまでも求め得ることを認めたものと解することはできない。被控訴人等は控訴人に対し控訴人が芦屋市長として同市議会が適法に議決した昭和三三年度特別会計競輪事業費追加予算に基き予算の執行として支出した二五万円につき右予算自体の違法を理由に右支出を違法として右金額の補てんを求めるけれども、右支出は法第二四三条の二第四項所定の裁判所に出訴し得べき違法な行為というに該当しないものであつて、被控訴人等の右請求はすでにこの点において許されないものである。

(証拠省略)

と述べ、

被控訴人等において、

市議会の議決した予算の執行である限り市長の執行行為は監査請求の対象にもならないし、地方自治法第二四三条の二の訴の出訴事項にもあたらないという控訴人の主張を是認するためには、(一)市議会の議決には違法は存し得ない、(二)市議会の議決した予算の執行については市長に自主的な判断の余地はない。という二個の前提要件が必要と解せられるところ、このような前提の成立を肯定することはできない。すなわち市議会の議決にも違法議決の存し得ることは現実にその例があるばかりでなく自治法第一七六条においても予想するところである。また市長には自らの判断と責任においてその職務を執行すべき義務のあることは明白であり同法第一三八条の二は「歳入歳出予算その他議会の議決に基く事務」についても市長に右の義務の存することを明かに宣言しているのである。

次に自治法第一七六条五項の定めにより当該市町村が属する府県等の知事等に一定の干渉を許るす制度や同法第二四三条の二に定める監査請求及び納税者訴訟の制度は市議会が国会とは異なる性質のものであることを基礎として設けられた制度であり、しかも被控訴人等の本訴請求が市議会の議決そのものの取消を求めることを目的とするものでなく旅費及び報償費の執行に関するものであることを考えれば、市議会が市の最高機関でありその議決の批判はもつぱら選挙等の方法によるべきものでこれを監査請求の対象としたり納税者訴訟の出訴事項とすることは許るされないという控訴人の主張は地方自治法や地方自治体の本質に関する誤解に出たもので理由がない。

控訴人が違法議決に基く本件追加予算に対し再議等の措置を講ずることなく市長としてこれを執行したのは違法であつて監査請求の対象となし得べきものであるし、無効議決に基く執行行為として旅費や報償費の支出をしたのは違法支出となるものと解せられる。なお記念品料、記念品、酒肴料並びに退職慰労金に関する別紙記載の行政回答を援用する。

(証拠省略)

と述べた、

外原判決事実記載と同一であるからこれを引用する。

理由

被控訴人等がいずれも兵庫県芦屋市にその住所を有し、控訴人が同市長の職に在ること、同市議会が昭和三三年七月二四日の本会議において市長が調製提出した昭和三三年度特別会計競輪事業費歳入歳出追加予算(以下本件追加予算と略称する)を議決したこと、成立した右予算においては競輪開催費の一目として計上せられた報償費中に旅費六〇万円並びに競輪十周年記念品料三〇万円を含むものであるところ、被控訴人等は右旅費並びに記念品料というのは昭和三一年に行われた地方自治法(以下単に自治法と表示する)の改正の結果従来市議会議員に支給していた退職慰労金を支給することができなくなつたので、これら旅費及び記念品料等に藉口して各議員に合計三万円宛(旅費として二万円、記念品料名義で一万円)支給することを目的としたものであり、このような給付は自治法第二〇四条の二の禁止に違反するものであるとして昭和三三年一〇月一〇日芦屋市監査委員に対し同法第二四三条の二第一項に基き前記予算の定める報償費の中右旅費並びに記念品料につき監査を行い未執行分の執行禁止に関する措置を講ずべき旨文書をもつて請求したこと、右監査請求につき監査委員が本件追加予算中右旅費については他都市における競輪事業の調査視察に出張した議員一四人に各二万円宛合計二八万円が既に支出せられて執行済みであること、右記念品料は既にその全額が支給せられて執行済みであること、もつとも一万円宛を現に受領したのは議員三〇名中の二四人で、残額六万円はなお市議会事務局において保管中であること等の事実を認め市長の処置は議会の議決した予算の執行に外ならず、その執行としての支出行為自体には違法若しくは不当と認むべき瑕疵はないし、若し予算そのものの内容の違法を理由としてその執行の制限禁止等に関する措置を講ずべきことを求めて監査請求をすることは法律上許るされないところであるという理由をもつて市長に対しては何等の措置を講ずべきことを請求する必要がない旨書面をもつて被控訴人等に通知したことはいずれも当事者間に争がない。

控訴人は普通地方公共団体に設置せられた監査委員の監査権限は当該地方公共団体の議会の議決の適法、違法若しくは、当、不当等の審査判断にまで及ぶものでないから議会の議決を経て成立した予算自体の違法を理由として執行機関たる当該地方団体の長(以下単に長と略称する)に当該予算の執行たる公金支出の制限禁止に関する措置を請求すべきことを求める監査請求は自治法第二四三条の二において許容する範囲を逸脱するものであつて法律上許るされないものと解せられる。従つて予算の執行としてなした前記記念品料等の支出につき長としての地位に在る控訴人に対して損害補てんを求める本訴も法律上許るされない不適法な訴であると主張する。

しかしながら自治法第二四三条の二第四項所定の普通地方公共団体の住民から当該団体の職員に対する損害補てん等の措置を訴求することを許るすいわゆる納税者訴訟の制度は、元来地方公共団体の存立運営の物的基礎をなす公金、営造物、各種の財産等がすべてその住民の負担支出した公租公課によつて組成されたものに外ならないもので、その管理運営等が公正適当に行なわれるか否かは直接住民一般の利害と不可分の関係を有し、若し当該団体の役職員が法令の規定に違反したり、その私利を図る目的で本来の任務に背いて違法、不当に団体の財産を管理処分することがあればこれによつて生ずる損失、損害は実質上は結局すべてその住民に帰属することになる、そこで住民にその意思に基いて直接そのような役職員の非行を防止匡正する途を開くことにより当該団体の自治行政の合理性と合法性を確保し、もつて地方自治体における住民参政の実効を挙げ、住民の一般的利益を擁護しようとの目的から設けられたものであると解せられる。そして右裁判上の請求をするにつきその前置手続として自治法第二四三条の二が監査委員に対し監査並びに長に対する違法若しくは不当行為の制限禁止に関する措置を講ずることを請求すべきものと定めている趣旨は、終局的には争訟手続を経て行なわれる国の裁判所の裁判により当該違法執行行為を匡正し、当該団体に生じた損害補てん等を実現し得べきことを認めた上でなお事前に一応当該団体内部において長等執行機関による具体的執行行為に関し行財政の反省検討をなすべき機会を保留し団体自体による非違の匡正と不当の除去をはかることを可能ならしめんとする自己監査の手続を命じたものと解せられるのである。そして納税者訴訟や監査請求の制度を設けた以上のような趣旨から考察するときは、納税者訴訟の対象となし得べき事項は必ずしも自治法第一九九条によつて監査委員が本来その監査の権限を行使し得べきものと定められた範囲内の事項に限ると解すべきものではなく、また自治法第二四三条の二による裁判上の請求の前置手続としての監査請求については単に自治法第一九九条第一項に定められた事項に止まらず、当該請求にかかる監査の対象たる具体的執行行為の相当性や適法性を判定するにつき先決関係にある等必要の存する限りは右判定との関連においては監査委員は広く当該団体において意思を決定しこれを実現するところについて審査判断をなし得る権限を有すると解するのが相当であつて、本件におけるように監査請求の趣旨が成立した予算議決の違法を主張し、長による右予算の執行行為の禁止等の措置を求めるにあるときは、監査委員は当該予算議決につき違法の瑕疵の存否につき審査をなすべく、その結果予算の全部若しくは一部を違法と判定するときは長に対しその違法予算の執行禁止に関する措置、たとえば自治法第一七六条第四項による再議の手続をとるべきことを請求することもできるものといわなければならないし、監査委員の右請求に関する措置につき不服のある場合には裁判所に納税者訴訟を提起することもできると解すべきものである。(昭和三七年三月七日最高裁判所大法廷判決。)

そしてこのように監査委員がその権限行使につき議会の議決の適法性等を審査判定し得べきものと認めたからといつて監査委員がその本来の権限を逸脱したとか議会の権限を侵かしたものとか解するのは当らない。蓋し監査委員は先に説明したように普通地方公共団体につきその自己監査のための機関として自治法に基き設置せられるものであつて当該地方自治体の議会と相ならびこれとは別個独立の機関たるものとして議会に設ける各種委員会等とは全くその性質を異にするものであるし、監査委員において議会の議決を審査評価するといつてもそれは上記のように具体的場合の住民の監査請求に基き長の具体的執行行為の相当性若しくは適法性を判定する関係においてのみいわばその前提として議会の議決を評定するに止まるのであつて、たとえ具体的場合に監査委員が議会の議決を違法と判定したとしても監査委員は議会等他の機関又は当該団体の外部の一般第三者に対して直接その名において議決の違法を宣言するわけではない。そのような宣言をなすべき法律上の根拠も方式も存しないしその宣言に何等かの法的形成力が認められているものでもない。もとより監査委員の右判断が直接議決の効力、その執行の結果として生じた法律状態等に何等の変動や消長を生ぜしめることもない。監査委員は唯右議決の違法の判定を論理的前提とし、これを理由として長に対しその執行の禁止制限に関する措置を講ずべきことを請求するだけのことであるから、監査委員がこの場合当該地方団体の他の機関又はその他一般第三者に対する関係において、その権限行使としてなした行為としての意味を持つところのものは唯長に対する措置請求に尽きるといわなければならないからである。

控訴人の右主張は採用することができない。被控訴人等主張の予算の違法を理由とする長の執行行為の禁止制限を求める監査請求並びに右予算の執行に基く損害補てんの裁判上の請求は出訴事項に関する限り適法と解すべきものである。

ところで成立に争のない甲第二号証と当審における証人山中隆文の証言によれば、被控訴人等の前記監査請求に対し芦屋市監査委員山中隆文は昭和三三年一〇月二九日被控訴人等に宛てた書面をもつて、「請求人の請求の要旨は、吉井助役の市議会協議会における発言を前提としそれに関連する昭和三三年七月二四日の市議会において議決せられた競輪事業費の追加予算中の旅費六〇万円、報償費三〇万円の予算の内容が地方自治法第二〇四条の二及び地方財政法第四条の規定に違反することを理由として地方自治法第二四三条の二に基き市長に対し右予算の執行行為の禁止措置を求めて監査請求をしたものと解せられるところ、市民の監査請求に関する地方自治法第二四三条の二は市長並びにその補助職員等の執行機関が予算の執行にあたりその行為自体に違法又は不当な点があることを具体的に指摘してその違法行為の禁止措置を請求できるという趣旨であつて議会の議決した予算そのものが内容に違法性があるから市長に対し予算の執行全部を禁止する措置を請求する監査の請求ができる趣旨とは解せられないから請求の趣旨を前記のように解する限り請求人の期待に添う監査はできない。しかし監査委員としては念のため本件予算の執行につき監査したところ報償費三〇万円は競輪実施一〇周年記念品料として全額支出され、二四名の議員に夫々一万円宛贈呈を了し未だ受領されない六名分計六万円は市議会事務局において保管せられており旅費については競輪事業調査視察のため一四名が各地に出張し予算額六〇万円の中二八万円が執行済となつていることが判明した。右の状況であつて予算の執行行為自体について現在のところ違法又は不当と認められる点が発見されなかつた。従つて本件については市長に対して違法行為禁止の措置を請求する必要を認めない。」旨の通知をしたことが認められる。(尤も監査委員が被控訴人等に対し、その大略若しくは結論においては右認定の内容と同旨に帰する通知をし被控訴人等がこれを受領したことは冒頭記載のとおり当事者間に争がないけれどもなおその具体的内容の詳細を認定の上これにつき考察する次第である。)以上の記載内容によれば、競輪事業費追加予算自体の違法を理由とする被控訴人等の監査請求については、前記監査委員においてこれをもつて監査委員の権限を逸脱するものとしてその不受理の決定或は却下の決定をした趣旨と解する外なく、右却下の処分については抗告訴訟をもつてその取消を求め得べきものと解し得るけれども、右抗告訴訟の方法をとるか否かは別として、自治法第二四三条の二に基く裁判上の請求につきその前置手続の履践という関係においては、監査委員が当該監査請求につき実質的に請求人主張の違法不当の瑕疵の存否を審査してこれに基く判定をなした場合だけでなく、該請求を不受理或は却下した場合においても本件の如くなお監査委員においてこれを自治法第二四三条の二所定の監査請求と認めるに足りる住民の行為が客観的に存する限りは自治法第二四三条の二に基く所要前置手続履践の要件は充たされたものと解すべきであるし、被控訴人等の同一の請求に基き監査委員において少くとも市長の具体的執行行為自体については監査したことが明かであるから、被控訴人等の本訴は法律所定の前置手続を履践すべき要件についても欠けるところはなかつたものであつて適法と認むべきものである。

そこで被控訴人等の主張の本件追加予算における報償費中記念品料三〇万円並びに旅費六〇万円の定めについて検討する。

成立に争のない乙第二号証及び甲第七号証の一、二と原審における証人林利市、吉井清、原田正三郎及び筏鹿一の各証言(上記各証言中いずれも後記の信用しない部分を除く)によれば、本件追加予算は芦屋市において約二億七、〇〇〇万円に達する競輪事業収入の増加に伴い控訴人が同市長として予算案を調製の上第五五号議案として昭和三三年七月二四日の定例市議会に提出したものであるが、右予算案において既にその区分として「競輪開催費」の款を掲げその項の一として「競輪開催費」を設けこれに追加予算額として九四四万四、〇〇〇円を計上し、その中の各目の一として「旅費」並びに「報償費」を設けて「旅費」に六七万円、「報償費」に四二万円の各追加予算額を計上し、右「旅費」の目につき更に「旅費」の節を設けてその金額を六七万円と表記しその附記として「議員費用弁償六〇万円、普通旅費七万円」と記載せられており、また右「報償費」の目に更に「報償費」「食糧費」「印刷製本費」「広告料」「借料及び損料」の各節を設け、「報償費」の節に四二万円と表記した外附記として「警備謝礼、追加一二万円、一〇周年記念、三〇万円」と記載せられていたこと並びに右予算案の付議にあたり議会本会議において同市長は総務部長をして右予算案掲記の旅費については競輪競技の方式の改善その他同事業の運営の発展向上のため議員全員をして手分けして、同種事業を経営している国内各地の都市に出張して実際の運営状況を視察せしめるための旅費であり、右報償費中記念品料三〇万円については昭和三三年をもつて同市における競輪事業経営開始一〇周年を迎えるのを記念するため競輪委員として事業の運営発展に尽力した同議会議員三〇名全員に対し一人当り金一万円づつを記念品料として贈呈するものである旨支出の趣旨目的を口頭で敷衍説明させ、同議会は審議のうえ多数をもつて本件追加予算を原案通り可決し因つて本件追加予算が成立したことが認められ、右市議会本会議において右予算案の審議に際し市理事者側において前記旅費並びに報償費中三〇万円の記念品料が実質的には議員の退職慰労金又はその一部として支給されるものであり、ただ法律上議員に対する退職慰労金の給付が禁止せられているため右禁止を潜脱するため旅費、報償費記念品料等の支出費目に藉口したに外ならないものである趣旨の説明がなされたという事実はこれを認めるに足りる何等の証拠はなく、その他前記認定を覆えすに足りる証拠はない。尤も前記甲第七号証の一、二、原審における被控訴人岡本義雄本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第八号証に原審における証人今村恵子の証言、原審における証人筏鹿一、原田正三郎及び吉井清の各証言のいずれも一部(後記の信用しない部分を除いた部分)、原審における被控訴人等三名の各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、前記定例市議会の開催に先立ち同年七月七日開催せられた全議員協議会の席上同市助役吉井清が市理事者側を代表して、議員に対する退職慰労金は法律上給付を禁止せられるに至つたけれども競輪事業費追加予算に計上した報償費中競輪実施一〇周年の記念品料と他都市における競輪事業運営の視察のための出張旅費等の名目で実質上は退職慰労金の趣旨で、前記の法律改正以前当時現実に支給せられた退職慰労金の約半額に相当する金額を支給したい意向である旨の説明をしたこと並びに右説明の標準によるときは過去において適法に支給せられた退職金の半額は約五万円となるものであることが認められ、原審における証人筏鹿一、林利市、原田正三郎及び吉井清の各証言中右認定と牴触する部分は前記甲第七号証の一、二、第八号証及び前記各本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨に照らして到底信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。しかしながら上記の協議会というのは、もとより議会の本会議にもあらず、適法に設置せられた議会の委員会でもなく、法律上の根拠に基く会議体とは認められないものであつて、単に付議事項につき事前に関係者の意見を調整して本会議の議事運営の円滑な進行を期するため一般に慣行せられている事実上の集会たるにすぎないものであることは弁論の全趣旨によつて明かであつて議会の本会議と法律上同一性や関連があるものではないから議員協議会における右のような言明は場合により当事者の政治的若しくは道義的責任を生ぜしめる根拠となることはあり得ても法律上の効力や効果を有するものではないと解せられる。従つて吉井助役の協議会における前認定の趣旨の発言や説明があつたからといつて本件予算議決の効力には何等の影響を及ぼすわけはなく、右発言や説明を理由として同市議会が議員に対する退職金の支給に関する法の禁止を潜脱するため前記旅費報償費等の費目により実質上退職金を給付する本件追加予算を議決した違法があるものとすることはできない。そして市議会といわず株式会社の株主総会といわずおよそ会議体による団体意思の決定たる決議の性質を考えるのに、適法に成立し且つその議事手続においても何等の瑕疵も存しないものと認められる会議体において適法に成立した議決の内容たる事項は、それが歳入歳出予算であれその他の意思決定であれ右議決手続の直接当然の結果として原始的に客観的存在として創設せられ爾後原議案の作成者、提案者若しくは当該議決に参加した会議構成員等そのいずれの者の主観的意思や認識との関連をも遮断せられて独自の存在を有するものとなり、その客観的意味に従つて執行機関を拘束し対世的関係においてもそのような意味のものとして存続し通用するに至るものと認められるから、決議内容の相当性、適法性の判定も現に成立した当該決議自体に即してその客観的意味を探究しその客観的意味についてのみ行われるべきことも明らかといわなければならないのであつて、たとえ当該決議の素材をなした議案の作成提出権者又は議決に参加した個々の会議構成員がその主観において右議案の可決実施の結果を私利に濫用し、その他議案内容の実現につき明示若しくは秘匿した不当、違法な意味を与えていたとしてもそれは遂に個々人の主観内のことがらであるにすぎず、これを理由として直ちに当該決議内容自体を不当、違法と判定することは到底できないところである。会議体の決議はその内容自体の客観的意味に従つてのみその当否や法適合性の有無の判定をなさるべきものといわなければならない。

そして昭和三三年七月二四日に開催せられた芦屋市議会の本会議についてその招集手続の履践、定足数等の成立手続若しくはその議事手続につき違法、会議規則違背等の瑕疵があり或は同会議に提出せられた本件追加予算案の議決に関し違法の瑕疵の存したことは被控訴人等においても主張しないところであり弁論の全趣旨に徴すれば右市議会本会議はその成立手続においても議事及び議決手続についてもすべて適法に遂行せられたことが明かである。そしてこのように適法に成立した市議会において適法に原案通り可決成立した本件追加予算は前記認定のような「競輪開催費」という款、「旅費」「報償費」等の目や前記認定のような節や附記をも含めてすべて市長の調製提出にかかる予算案の内容と同一内容のものとして確定し成立したものであるから右追加予算自体の適法性、相当性の判定は以上のような具体的な款項目節より組成せられている内容自体に従い且つこれについてのみなさるべきものといわねばならない。そこで本件追加予算中報償費や旅費についてその違法なりやを審査判断するについては、右予算における款項目節及び附記の各記載と市議会の本会議の席上において市理事者側の行つた前認定のような説明によつて補足敷衍せられた右各記載の趣旨に従い、議員に対する費用弁償としてその出張旅費支給のため六〇万円を支出すべきものと定め、又報償費中三〇万円を同市経営の競輪事業一〇周年記念品料として競輪委員たる市議会議員三〇名全員の各自に一万円宛贈呈すべきものとしてその支出を定めたことが、そのようなものとしてなお違法であるか否かを審査判断すべきことになるといわなければならない。但し本件においては原判決中右追加予算につき右報償費の支出に関しこれを違法として控訴人に対し金二五万円の損害補てんをなすべきことを命じた部分についてのみ控訴人から控訴の申立があつたのであるから以下においては唯右報償費に関する追加予算についてのみ判断する。ところで普通地方公共団体がその経営する継続的事業につき一定の期間の経過後にその創業を記念するための行事を挙行し或はこれに伴い該事業関係者に記念品又はこれに代わるものとして一定額の金員を贈呈することは、地方公共団体といえども普通の自然人と同様自ら主体となつて一般社会生活を営む面をも有するものである以上は、社会観念上当該場合の記念の趣旨に照らし相当と認められる範囲内のものである限りこれを禁止すべき理由はないし、地方公共団体に対し記念品の贈呈を禁止制限した法律の規定も存しない。そうだとすれば具体的場合における記念品支給を内容とする議会の議決がたまたま右にいう相当の程度を超え記念の趣旨を逸脱すると認められるとしても、当該決議上記念品又はこれに代わる趣旨のものであることにその意義を限定して支給すべきことが明白である限り、その決議の内容を不当のものたらしめることがあるだけで、これをもつて直ちに違法のものたらしめることはないと解せられる。従つて本件追加予算中前記報償費として記念品料三〇万円の支出を定めた点はそれが相当の域に止まるものであるか否かは暫く措くとするも法適合性の有無ということになれば疑もなく適法で何等違法の瑕疵は存しないものと認められる。

次に右三〇万円につきそれが既に同市長の支出命令に基き支出済みであつて、その内二四万円が一人当り一万円宛二四人の市議会議員に贈呈せられて受領済みであり残額六万円は議会事務局において保管せられていることは当事者間に争がないけれども、しかも右金三〇万円の支出がその全額につき本件追加予算に定められた報償費支出の執行として市長の支出命令に基き支出せられたものであることも亦当事者間に争がないところであるから、右金員授受の趣旨若しくは該金員の性質は右予算に定めた意味内容によつてのみこれを決定すべきことは当然であつて、右授受に関与した市長及び収入役又はこれを受領した個々の議員の主観的意思や各人の解釈に従つてその意味附けがなされるべきものではない。すなわち支出命令権者である市長や現実の金銭出納の実務を処理する収入役が予算の執行として予算上記念品料と定められている支出をするに際し、たとえこれを実質上議員に対する退職慰労金とする意思を有したとしてもそれは単に当該市長若しくは収入役個人の内心の主観的意向或は希望たるに止まり、現に授受せられた金銭に退職慰労金としての客観的意味や性格を与えるものとは認められないであらうし、またこれを受領する側の議員が右金員を実質的には同人に対する退職慰労金と心得て受領したからといつて、予算上前記のように記念品料と明示せられたものの執行としてその支出がなされている限りは右金員授受の客観的意味や性質は予算所定の記念品料に外ならないのであつて受領者たる当該議員の判断するところに従つてその意味や性格が変遷するものでないことは明かである。そして市長が議員に対し支給すべき一定額の金員につきその支出命令を発するにあたり若しこれをその議員に対する退職慰労金として贈呈するものであるとの趣旨を市長個人の内心的意図に止まらしめることなくその旨外部に明示して支出命令を発したとするならば当該収入役はその審査権限に基き審査の上歳出予算外の支出としてこれを拒否し得べくまた拒否すべきところであり、若し収入役において審査を懈怠して漫然と、或は審査の結果を無視し故意に、右支出命令に基く現実の金員支出給付行為をなすならば、このようにしてなされた金銭の授受は退職慰労金の授受としての意味においてなされたものと認めなければならないが、その場合はもはや予算外の違法支出であつて予算の執行としての支出とはならないものと認められる。

以上説明したところによれば本件追加予算自体には何等違法の瑕疵はなく、右予算に基きその執行として控訴人が予算所定の報償費中記念品料三〇万円の支出を命令したことは適法な予算の適法な執行をしたものというべきものである。右執行行為自体について何等か具体的な違法の瑕疵の存することは控訴人等の主張立証しないところである。なお予算等議会の議決内容の違法を理由とせず単にその不当を理由としていわゆる納税者訴訟を提起することの許るされないことは自治法第二四三条の二第四項により明白であつて、被控訴人等も本訴において本件追加予算内容の不当を主張するものではない。そうすると被控訴人等の本訴請求中控訴人に対し損害の補てんとして金三〇万円を芦屋市に支払うべきことを求める請求は爾余の点につき判断をなすまでもなく理由がないことが明かであるから金二五万円の限度において右請求を認容した原判決(主文第一項)は失当としてこれを取り消し、被控訴人等の右請求を棄却すべきものとし訴訟費用の負担につき民訴法第八九条第九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 山崎寅之助 山内敏彦 日野達蔵)

(別紙)

一、記念品料の支給につき、

(問) 合併のため永年の歴史を閉ずるに際し町政運営のために努力した議会議員に対し記念品料を贈ることは止むを得ないものと解してよいか。

(答) 名目上記念品料として支出されたものであつても当該支出が実質的に退職手当に類するものと認められる限り違法たるを免れない。

昭三二、一、三〇、自庁行発第一一号兵庫県総務部長宛行政課長回答

二、教育職員の退職慰労金につき、

(問)一、市内の学校に勤務する府の任命に係る教員が転退校した際市が一定率の退職慰労金を支給することはできないものと解するが如何。

二、この場合社会通念上妥当と思われる程度の記念品を贈ることは差し支えないものと解するが如何。

(答)一、お見込の通り。

二、その実質が退職手当に該当するものであるならば記念品という名称によつても支給することはできない。

昭和三二、四、一七、自庁行発第四五号、大阪府総務部長宛、行政課長回答

三、記念料、酒肴料について、

(問) 記念行事等を開催しその記念品を当該地方公共団体の職員に対し支給することは差し支えないと思われるが如何。又その場合酒肴料として現金支給することは差し支えないか。

(答) 前段記念品の種類にもよるが一般には当該記念品の支給が実質上給与その他の給付に類するものと認められる場合はできない。

後段適当でない。

昭和三二、一〇、二二、自庁行発第一七九号、神奈川県審査課長宛行政課長回答

四、消防団員が退職する場合、あるいは市町村合併等に際し合併前の町村の長、議会議員等が退職する場合、これらの者に対し記念品又は記念品料を贈ることについては、それが通常の社会通念からいつて純粋に記念の品に止まる程度のもの、たとえば手拭、盃、煙草盆、のようなものであればなんら問うところではないが、それが通常の社会通念を超えて高額となり実質的に退職手当と同様のものと認められる金品であるときは本条に牴触するといわざるを得ない。(行政実例)。

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